【Vol.31】桐朋との繋がり -51期 安藤 瑛さん 前編-

ゲスト    :桐朋学園初等部51期卒 安藤瑛さん(以下、安藤さん)
インタビュアー:桐朋初等部同窓会 会長 髙田紀世(以下、髙田)

 

髙田:
今日は51期卒業の安藤瑛さんに来ていただきまして、インタビューをさせていただきます。
まずは自己紹介をお願いします。

安藤さん:
2010年度に卒業しました安藤瑛(あんどう あきら)と申します。

桐朋幼稚園から入りまして、そのまま小学校へ行って、中学は国立の方に通っていて、中学校を卒業した時に慶応ニューヨーク学院というニューヨークにある慶応大学の附属校に留学しました。

そこで3年いまして、その後に慶応大学に入って、体育会水上スキー部というところに所属しながら、文学部美学美術史専攻という、ちょっと絵画とか演劇とかオペラとかを研究する学科に入りました。

卒業後はですね、日本放送協会という、いわゆるNHKの3文字で略される会社にディレクターとして入社いたしまして、今は広島に配属していて、広島でテレビ番組を作ったりとか、ニュース番組を作ったりをしています。

髙田:
久々に桐朋小学校に来て、小学校時代の引き出しが開いたと思います。
良い思い出や苦い思い出とか何かがあればお聞かせ願えますか。

安藤さん:
最初、事前にどんな話を聞くかっていうのをお話いただいた時に考えて、でも意外と出てこなくて、もう記憶が無くなったのかなと思って歩いてきた時に、なんか出てきた記憶っていうのが、例えば購買部のところのねじりパンって言われるアレは美味かったな。とか焼きそばパンも美味しかったな。とか、あとウォーターサーバーは子どもに飲ませるにしては高かったなとか、小さいところの記憶が凄い一杯出てきて、下駄箱とか見た時に、俺もここに入れていたんだって思った時、大きな思い出というより、小さな思い出の欠片がたくさんあって、ここで俺が走っていたから、今でもこう走ることが好きなのかなとか、短大の方に階段があるんですが、そこで演劇の皆さんが切磋琢磨されているところの階段の下に実はスペースになっているんですね。そこを登下校の時に、友達がランドセルをつけたまま、その中へ入って新聞紙とか持ってきて敷いて秘密基地にしていたなとか。

悪い記憶の中で、こう校舎の中とか入ると放送室とかがあって、ああそういえば俺は放送部だったなって思い出して、体育祭とかで放送実況とかをしたりとか、わりと自由になんでもやらしてくれていたので、勝手に競馬の実況っぽくテレビで見たような真似したんだと思うんですけど、っていうのをしていたりしたのとかを思い出して、今の仕事に直結するようなことを実はやっていたんだとか、逆にそれが楽しかったから、今この仕事に就きたいって思ったのかもしれないとかっていうと何て言うんですかね。

今の生活の中にある小さな事というのは、この全部なんか小学校のもとにあるっていうか、欠片がいっぱいあるような実感をしましたね。

髙田:
いいお話ですね。桐朋中学校卒業後、高校は慶応ニューヨーク校に行かれたということですが、アメリカ留学をした理由はありますか。

安藤さん:
建前というか、自分の中で持っている理由と現実的な理由、両方あるんですけど、一応2つお話をしようとかと思っていて、まず一つは新しいことがするのが好きで、とにかく知らないことをやってみるのがすごく好きですね。海外で高校生活を過ごしたらどうなるのかなみたいな。

慣れてきたところで、中学校の3年間を過ごした後、ここから3年間、また高校で国立の学校に通うのもいいけど、なんか新しいことしてみたいなっていうのが大きなきっかけの一つです。

もう一つ現実的な側面で、あんまり頭が良くなかったので、本当に成績とかも悪く勉強嫌いだったので、このままずっと行っても遊んじゃうし、将来やりたいことができないくなっちゃうかもしれないからっていう恐怖みたいなのがあって、調べたときに英語がしゃべれれば、その後働ける。っていうところでその学校を見つけてちょっと踏み出してみたってことですかね。

髙田:
幼稚園からずっと同じ環境で友達も一緒にいる中で高校を出ていくという不安はなかったのですか。

安藤さん:
不安はめちゃくちゃありましたし、ちょっとなんか切なさはありましたね。
ただ不安があることを乗り越えた時にすごい今まで良い体験があったなっていうか、中学時代とかも柔道部に入ってみるのは不安だけど、入ってみたらすごく楽しかったですし、小学校の時とかも何て言うんですかね。それこそ本当に小さいことのさっきの話に繋がるんですけど、例えば自然広場とかで遊んでる時にこう何て言うんですかね。池を1発で飛び越えられたらという、ちょっと不安もあるじゃないですか。小さな不安ですけど、それを乗り越えた時にやった!って達成感がすごいみたいで、その後はそのジャンプ力を知っているんで、それをスポーツとかにも活かせるんで。小さな積み上げをの中でその不安を払拭する。不安は成長の種だっていうのをなんとなく潜在的に思っていたので、不安があるから頑張れたみたいなところはあります。

髙田:
語学の面でも、新しい環境という面でも、ニューヨーク校に行き、苦労したこと逆に出てみて良かったことを教えてください。

安藤さん:
先にどっちをしゃべったほうがいいですかね。すごくいい質問ですね。
苦労したことで言うと、何か良い面で悪い面でもあれですけど、桐朋の教育って勉強しなくても、勉強にこだわらないイメージがあるんですよね。工作とかもそうですけど、遊びとか体育の授業で缶蹴りをやったりするじゃないですか。

なんかそういったところで、あんまりちゃんと勉強してこなかったんで、中学に入ってちゃんと勉強するところだと僕は認識しているんですけど、勉強するってとこに若干つまずいて、ただ海外留学した時は、勉強はしないと死んでしまうので、授業もわからないし、人と会話できないしみたいにそこの辛さは若干ありました。

逆に良かったなと思うのは、さっきの裏返しなんですけど、勉強以外のことをたくさん学ばせてもらったので、コミュニケーションとか特にそうですし、新しい場所に行ったりとか、試してみることもそうなんですけど、語学を覚えるときに試してみる事とか、とりあえずやってみる事とか、とにかく一緒に遊んでみる事とかってすごく人と仲良くなるうえで大事だと思っているので、それを培っていたので勉強は勉強すれば上がるじゃないですか。

この変えられない経験という、勉強なのかもしれないんですけど、っていうのを両方持ち合わせることができたので、何か苦労したところを勉強しなきゃいけないけど、それを苦労し。桐朋にいたからこそ、補えた部分がありますね。

髙田:
努力することも、苦労することも、すごく前向きだなって聞いていて感じています。だからアメリカの生活が合っていたのかなと何となく思いました。

次回、安藤瑛さん-後編-は<2023年3月1日>に予定しています。

こちらのページでは、先生や卒業生の近況、また桐朋生にとって懐かしい方々を紹介いたします。
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同期生同士の横の繋がりだけでなく、クラブ活動や課外活動等によって形成された先輩・後輩の縦の繋がりは、社会人になってからも大きな心の支えとなり、様々な場面で活かされ、その関係は一生のものとなっています。

「桐朋との繋がり」をきっかけに、更なる同窓生の交流が深まるよう、これから繋がりの深い方々を紹介していきます。