【Vol.63】桐朋との繋がり -10期 花牟禮 亜聖さん 前編-

ゲスト    :桐朋学園初等部 10期 花牟禮 亜聖様(以下、花牟禮さん)
インタビュアー:桐朋初等部同窓会 会長 髙田紀世(以下、髙田)

 

髙田:
本日は、桐朋初等部の70周年の記念品にも使われたキリッコちゃんをデザインしてくださった花牟禮さんにインタビューをさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

花牟禮さん:
よろしくお願いします。

髙田:
自己紹介をお願いしたいと思います。

花牟禮さん:
はい。 私は桐朋育ち。 小学校、中学校、高校、すごくのんびりと育てていただいて、それから美術大学に行きました。 その後、日本橋髙島屋の宣伝部に入りました。
一生懸命グラフィックデザイナーとして仕事をしたのですが、やはりデパートという性質上、期限が限られた仕事が多いので、催しが終わったらデザインしたものがゴミになってしまう。それは悲しいなと思いながらいました。息の長いデザインってどういうことができるかな~と考えていた時に、たまたま一冊の絵本と出会いました。それがどこの国の絵本かもわからずに、ただ印象的な色、緑に真っ赤な風船の絵の絵本を手に、私はなんかそのときに、この作家のところに行くしかないと、すごく思ったんですね。

それから髙島屋に勤めながら、自分がどうしたららこの人のそばに行けるか、どこの国の人かを調べていたら・・・その方がイタリアの作家で、そしてイエラ・マリさんという名前で、文字の無いすごくシンプルな線の絵本を描かれる方だとだんだんわかってきて、そしてイタリアに行こうと。イタリアにはどうやったら行けるかな?もちろんインターネットもない時代なんで、何もわかりませんでした。本を持って、『私はこの人のそばに行きたい、どうしたらいいだろう』といろいろな先輩方に声をかけて教えてもらいながら、一歩ずつイタリアが近くなったんですね。

それでついにイエラ・マリさんの近くに行くために、イタリアのペルージアにある外国人のためのイタリア語大学に入って勉強し、ある程度喋れるようになってからイエラ・マリさんを訪ねました。
そうしたら、イエラ・マリさんが『私は今教えられないけれど、ブルーノ・ムナーリさんという方がいるから、その方のところに行きなさい』と言ってくださり、電話番号をひとつ渡され、ムナーリさんに電話をかけて会ってもらいました。それから一年間ブルーノ・ムナーリさんのお仕事を手伝うことで、新しいイタリアのデザインの世界を見ることができました。彼は造形作家としても有名ですが、日本でも大きな展覧会をたくさんされているグラフィックデザイナーでもあり、プロダクトのデザイナーでもあり幼児の感性教育もされて、あらゆるジャンルのお仕事をされている方だったので、大変勉強になったんですね。

彼は素材を見ると手で触って、匂い嗅いで、引っ張ったりちぎったり、いろいろ…木でも石でも布でも何でもそうやって素材を楽しんで新しものを創り出していた。 それを横で見ていて、私も何か好きな素材がないかなと思って、紙が面白いと思いました。紙を使ってどんなことができるかイタリアに住んでいる間にいろいろ実験しました。
そこから紙が好きっということになりました(笑)ミラノでイエラ・マリさんとも毎週金曜日に一緒に自然のフォルムの美しさを知るために植物のスケッチをしたりして、親交を深めていきました。
日本に戻ってから、紙を使ったことで何かお仕事ができないかと、KAMIKAと言う紙のステーショナリーの会社に入社しました。
すごく生意気だったんですけど、『週3日しか働きません。 でも、お給料はきちっともらいます。豊かな状況じゃないと、良いものはできません』という私の考えを理解してくださった社長が雇ってくださいました。ステーショナリーの会社だったので、紙から発想することをいろいろ経験ができ、ムナーリさんから教えていただいた、素材を手で触りながら、そこからイマジネーションを膨らませて、ものを作っていくという方向性が、そこの会社にぴったりでした。いろいろな新しい製品の開発もさせていただきました。

そうこうしていたら、桐朋講座に呼んでいただいたのが、1994年で、ちょうど同じ時期に女子美術大学からも声がかかりました。大学では紙の基礎造形というジャンルで教えさせていただいて両方とも約20年間続きました。 教える事と並行して独立して設立したSTUDIO ASEIでグラフィックデザインの仕事をしました。横浜そごうの立ち上げや、大手企業のクライアントともいろいろ一緒にお仕事して、紙にこだわったデザインを続けてきました。
やっぱり転機って来るんですね。
桐朋の『ペーパーデザイン』講座は、紙を一緒に楽しみましょうというコンセプトで美術の三浦先生のご尽力で始まった講座です。私が頑張って毎回制作シートを作って行くのですが、じゃあ作りましょうかってスタートすると、受講生が桐朋の保護者なので、シートを見るなり自分の考えが膨らんで、全然違うものができるのが、この講座の面白いところです。私はもそれがすごく好きで、やっぱり桐朋の保護者の方とか卒業生だと、なんか縛られない。一般の講座だと、『はい、こういう形のものをこの通りに同じに作りましょう』とみんな同じものを作るじゃないですか。
それ全然面白くないし、私がアイデアをポンと投げたところをキャッチボールして、みなさんが自分で素材と向き合った時に、全然違うものができてもいいんじゃないかなっと続けさせてもらいました。それで20年続けたところでマレーシアに行ったのでお休みしたのですが、桐朋はありがたいことに4年間ブランクがあった後も講座を続けさせてくださり、今も続いています。

なんと現在、小学校の同級生が講座を受講していて、またまた賑やかに… 本当にあっぱれと思うぐらい、自己主張をきちっとしてくれるんです。毎回笑っちゃって、みんなが自画自賛しまくるのだけど、本当に素敵なオリジナリティーのあるものが出来上がります。私もこんな講座ならもっともっと続けさせていただけるといいなと思う桐朋とのご縁です。
小学校、中・高で12年間。プラス、講座が1994年から約30年だから40年以上にわたり桐朋とのご縁が続いているのにびっくりです。

髙田:
今、作家活動としては紙の活動をされていますよね。

花牟禮さん:
はい。 やはり紙には洋紙があったり、和紙があったり、いろんなタイプの紙があるので、相変わらずあらゆるタイプの紙を楽しみながら、失敗しながらコツコツ作品制作をしています。
ハンドエンボスの作品・和紙のインスタレーション・和紙や洋紙を使ったペーパーデザインの作品が3つの柱になっています。
やっぱりその根底にあるのが、小学校の時からパッパできるタイプの子じゃなかったので、じっくりのんびりとみんなが出来上がった後になってからでも自分はこうだと思って作り上げるタイプの子だったので、未だにそれは持続している。

ただ、ありがたいことに、一歩遅い子でも、ここの学校は見守ってくださってたかな~。あんまり急げ急げ、早くみんなと歩調を合わせろって言われないで、みんなも、あの子はこうだねっと思って見てくれたから、別にそれが何と言うのか負い目にならずに、続けてきました。ずっとずっと長年にわたってその生き方をして来て、自分で納得して進められるのが嬉しいかな。

あと、失敗をいっぱいするんですね。だから、ものすごく回り道をしてるところが大きいと思うのですが、その失敗をすることで新しいアイデアも出てくるし、解決策だとかも… こんなものを作ろうと思った時にうまくいかなくて、ぐちゃぐちゃっになって、一回諦めてインターバル置いて,またスタートしたりすることも結構多いかな。それを怖がらずにできるのは性格もあるかもしれないけど、やっぱり小さい時に受けた教育が大きかったかな。
人それぞれ。ひとりひとりが違ってていいよっというのを、いつも言ってくれてたような気がします。私は平均的に勉強ができなかったのね。でもできるところだけを自分で認め、そうでないところは『まあいいか』と思いながら暮らしてたかな(笑)

髙田:
小学生の頃のお話もあって、割とのんびり屋さんだったんですか。

花牟禮さん:
そう、のんびりでした。本当にテキパキ、サッサできる友達の中では、なんかワンテンポ遅れてスタートするようなタイプだった。それはそれでダメって言われなかったのはありがたかったかな。

髙田:
小学校の時の思い出の遊びとか授業とかありますか。

花牟禮さん:
小学校の時の思い出はね、アヒルをみんなで飼ったの。クラスで。
それでアヒルを飼おうって話になんでなったかは、ちょっと定かじゃないんだけど、アヒルを飼うためにはどういうふうにしたらいいか、どこで売っているとか、餌は何かとか、住む場所をどうしたらいいか、というのをみんなで話し合って。

結局アヒル小屋も自分たちで作って、それでアヒルの世話も自分たちでやって、アヒルには池が必要だからって穴掘ってコンクリート流して、それで池も作ってあげてっというようなことまでやったのね。それが授業の中でみんなでやって、みんなして可愛がって、アヒルを飼っていました。そしたらそのアヒルが卵を産むんですね。それが大きな卵なの。
それに日にちを書いて、職員室とか中高に売りに歩いたの。アヒルを三羽ぐらい飼っていたかな。その卵を売りに歩いたのが、結構懐かしい思い出ですね。最後は悲しくて、確か野犬か何かが夜小屋に入って最後悲しいお別れをして、アヒルからは離れていった感じだったかな。
小学校 5,6年の時の取り組みだったと思います。
ただね、それってみんなで話し合いしなければならないし、何を使って家を建てたらいいかとか、小屋をどうやって建てたらいいかとか、池はどうやったら作れるかをインターネットのない時代、みんなで一生懸命調べて作り上げたというのがすごく楽しかった思い出ですね。

次回、花牟禮亜聖さん-後編-は<2026年4月1日>に予定しています。

こちらのページでは、先生や卒業生の近況、また桐朋生にとって懐かしい方々を紹介いたします。
桐朋学園初等部同窓会は6,784名(2023年度3月時点)の会員から構成され、卒業生間の親睦と母校への貢献を目的に活発な活動をおこなっています。
卒業後も桐朋の教えをもつ仲間として、深い繋がりをもっていることが桐朋学園初等部同窓会の特徴です。

同期生同士の横の繋がりだけでなく、クラブ活動や課外活動等によって形成された先輩・後輩の縦の繋がりは、社会人になってからも大きな心の支えとなり、様々な場面で活かされ、その関係は一生のものとなっています。

「桐朋との繋がり」をきっかけに、更なる同窓生の交流が深まるよう、これから繋がりの深い方々を紹介していきます。